必死に学んだ「若き夏の日々」 ロボット手術指導医の原点
「医師になったからには、手術で患者さんを治したい」
医学部を卒業したばかりの若き日の大木規義はそう願っていた。
手術といえば外科しかない、その認識で外科医を目指そうと思ったが、25年前の大学医局は“白い巨塔”の全盛時代。上下関係が厳しく、若手は10年間メスを握る機会さえ与えられなかった。ならばと、当時から帝王切開などで、若手でもメスを握る機会がある婦人科に入局した。ところが大木は現場で行われていた手術レベルに愕然とする。自分が理想とする手術像と実際の手術の乖離に困惑した。自身の腕を磨く研修環境を求め、国立がん研究センター中央病院の門を叩いた。
「大学医局からは反対されましたが、なんとか交渉して夏休みの間だけ手術研修に通えるようこぎつけました」
この当時、研修医は無給だった。夏の1ヶ月間、自費で国立がん研究センターに滞在し、最先端の手術を学ぶ濃密な日々を、6年間続けた。尊敬する医師の手術に助手として参加し、手術中の若手への指導内容を休憩時間にひとつも漏らさずメモした。師の背中を追い、ひたすら頭、眼、手のトレーニングを繰り返した。若い頃に正しい師に出会うこと、質の高い初期教育を受けることが、これほど重要なのかと痛感した。
この鮮烈な学びを経験した大木だからこそ、ベテランとなった現在は若手の手術教育に心血を注ぐ。
「誤って覚えた箸の持ち方を、後から直すのは難しいですよね。手術も同じで、最初に正しい方向に歩み始めることが重要なんです」
との思いから、手術の基本スタイルから解剖学に基づく高度な手術戦略まで、丁寧に教える。また、自身も通った国立がん研究センターなどと連携し、早くから若手を送り込み、国内トップレベルの手術を体感する機会を与えている。こうした若手教育の積み重ねの結果、千船病院の※技術認定医の試験合格率は全国平均の50%をはるかに上回る90%以上を誇っている。全国屈指の成績だ。
現在、特に力を入れているのが手術支援ロボット「ダヴィンチ」を活用したロボット手術である。 近年、医療の世界のキーワードは「低侵襲」である。侵襲とは、生体内の恒常性を乱す可能性のある外部からの刺激を意味する。低侵襲とは患者の身体に傷を付けるメスなどの切開を減らすこと。その代表がロボット手術だ。ロボット手術は、患者の体への負担を最小限に抑えることができる最先端の手術法と言える。当然、術後の回復も早い。
大木は2021年に日本婦人科ロボット手術学会から全国の医療機関の手術指導・教育を行う「ロボット手術指導医(プロクター)」に選ばれ、その結果、千船病院は2022年12月より、Intuitive 社( ダヴィンチを扱う会社) 公認の全国で13施設しかない「ロボット手術指導施設(メンターサイト)」に認定された。
「馬車から自動車に変わったように、一度進んだ技術革新は決して戻らない。手術の世界も同じで、腹腔鏡、ロボット手術への進化の流れはもう止まらない。だからこそ、私自身も変わらなければならないし、次世代を牽引する若い人材をしっかりと育てないといけない」
そう語る大木は熟練のロボット術者である。それでも「私ももっともっと、うまくならないと。手術の研鑽に終わりはないから」と自らの進化をも力強く誓った。
取材・文 今中有紀 写真 奥田真也